伊勢西国三十三所観音巡礼 〜もう一つのお伊勢参り〜

宝性寺

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お寺の歴史(縁起)

奈良時代聖武天皇が天平12年(740)、朝明行宮の際摩伊多の里に御野立された地で、勅願により建立されたのが当時の創建とされる。ちなみに、現在地の西方300mには、宝性寺、堂前の地名が残されている。
 創建時は、樹木が鬱蒼とした敷地28000㎡の中に七堂伽藍の荘厳なお堂が立並んでいたと伝えられる。また御本尊としては、江州(滋賀県)石山寺を開基した良弁僧正(689~773)による一刀三礼の彫刻になる十一面観世音菩薩像を安置して祀り、長く隆盛をみた。

時代は下って永禄11年(1568)の春織田信長の家臣滝川一益の長島一揆攻略の戦火に遭遇して焼失した。その後現在地に小堂を建立したが、正徳元年(1711)の冬再度の火災により焼失した。享保4年(1719)6月第六代桑名藩主松平忠雅公の寄進によって再興されたのが現在の本堂であり、御本尊とともに「蒔田観音」と愛称され、今日まで広く信仰されている。
 四日市市指定有形文化財 昭和52年10月6日指定

宝物 本尊略縁起
 そもそも、この御厨子のうちに安置申げ上げる本尊の十一面観世音菩薩は、良弁僧正御彫刻の尊像で、江州石山寺の観世音同年同月作日本二体の一尊である。故あって今この地に安置申し上げました。しかるに正徳元年2月15日の夜、長明寺旦藝並びに庄屋甚五兵衛という両人へ夢の中にお告げがあり、「今この堂に急に火事が起こり連台がすでに焼けようとしている。早く来て防ぎなさい」とこれを聞いて夢が醒めました。急いで御堂に着いたところ、尊像は煙に巻かれて見えません、防ごうとしますが辺りに水もないので致し方ありません。ところが不思議なことに、御堂の前に大きな一つの桶があって水が満々と湛えられていました。これを使ってすぐ火を防ぎ、尊像をお守りして事無きを得たのであります。これは全く霊像よりお与えになられた水であると、二人とも歓喜の涙で袖をしぼったということであります。
その他霊験は詳しく述べるいとまがない。誠に大慈大悲の本誓にかない、三毒七難を払い、二求両願を満たすことに何の疑いがあろうか。衆人愛敬、福寿満願、二世安楽をお誓い申し上げるものです。
 称名もろともに謹んで御拝礼くださいますよう。
 3間四方、周囲に裳階の付いた入母屋造りの本堂は昭和52年(1977)四日市市有形文化財に指定されています。

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概要

  • 山号

    龍王山(りゅうおうざん)

  • 寺号

    宝性寺(ほうしょうじ)

  • 宗派

    単立

ご案内

  • 住所

    三重県四日市市蒔田2-12-26

  • 電話

    059-365-5411(世話人宅)

  • 御朱印場所

    当寺横前川製麺所

  • 参拝時間

    8時〜17時

  • 公式サイト

見どころ

年中行事
・8月10日:大会式
・毎月10日:慶讃会・観音講
・16年ごとにご宝物展覧

 

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