伊勢西国三十三所観音巡礼 〜もう一つのお伊勢参り〜

蓮光院初馬寺

お寺詳細

一覧で見る

地図で見る

お車での巡礼ルート

お寺の歴史(縁起)

寺伝によると聖徳太子(574~622)42歳の時、四天王寺建立を発願し伊勢の地へ来られたが、病に罹り加えて都の母、正妃をも不例との報あり、心痛の上伽藍造営も進まず困惑のところ、太子の師僧恵慈の教示により、自ら馬頭観音を刻み、大日如来を恵慈に、阿弥陀如来を慧聡に刻ませ、鬼門の方向に草堂を建て安置し、法興寺の善徳僧正を召され、除難の法を修せられた。効あって太子及び家族の病は平癒し、伽藍も順調に竣工するに至った。
この時推古天皇26年(618)3月の初午の日であったと伝えられる。
 これが当山の草創であり、本尊馬頭観世音、国の重要文化財、大日如来坐像と阿弥陀如来坐像の縁起である。当時は法相宗であったといわれるが、仁治3年(1242)真言宗に属するようになった。
 近世に至り元和三年(1617)国家鎮護の道場に当てられ、その後間もなく藤堂家の祈願所となる。次いで二代藩主高次公は今の地に堂宇を建立、寛文12年(1672)に完成。藤堂家の除災修法寺に当てられた。
 その後延宝八年(1680)三代藩主高久公より「初馬寺」なる題額を寄進され、厄除観音として興隆を見るに至った。昭和20年太平洋戦争の津爆撃で歴史ある当山も爆破された。同27年、30年に国宝仏を修理及び奉安庫、昭和51年に本堂の再建を完成させ今日に至っている。現在も近隣に四天王寺が建っており、往昔を思わせる。
 当山は聖徳太子厄除祈願所初馬寺として知られ、3月初午の日には多くの参詣者でにぎわう。

写真をクリックすると拡大表示します。

  •  
  •  
  •  
  •  

概要

  • 山号

    馬寶山(ばほうざん)

  • 院号

    蓮光院(れんこういん)

  • 寺号

    初馬寺(はつうまでら)

  • 宗派

    真言宗御室派

ご案内

見どころ

印刷用データを開く