伊勢西国三十三所観音巡礼 〜もう一つのお伊勢参り〜

松尾観音寺

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お寺の歴史(縁起)

松尾観音の由来
 寺伝によりますと龍池山松尾観音寺は、約1300年前の奈良時代(712年)に当時の高僧、行基が伊勢神宮参拝の折にこの松尾山に当寺を創建されたと伝えられており、本山も末寺も檀家も持たず、いずれの既成宗派にも属さない単位という特異な形態で存在している祈願寺で、霊験あらたかな本尊十一面観世音菩薩と脇仕の地蔵菩薩、毘沙門天が、衆人の除災、結縁などにたいへんご利益が、あるとされ 参拝者が多く訪れます。

 また、当山は、伊勢国国司北畠氏が、代々守護寺とし、後には北畠統一の木造(こつくり)氏の氏寺として崇拝されてきました。  現在の本堂は、約200年前の文政三年に木造長郷氏が総欅造りで寄進されたものです。
 また、観音堂は平成10年に地元有志の発起により全国各地の信者様からご寄進された浄財で再興されました。

屋上の擬宝珠に一万巻の写経

 昭和29年に本堂、屋根の大改修を行なった際に屋上の擬宝珠から一万巻の般若心経が発見されました。この写経は、肉筆で一枚一枚ていねいに書かれたもので、500巻ずつ箱に収められ、虫除けに煙草の葉を入れ、油紙で包まれて奉納されていました。

本尊を守り続ける二ツ池の龍神伝説  

当寺の山号の龍池山とは、ここから名付けられたとされる本堂裏にある二ツ池(龍池)と呼ばれる2つの池には、昔から東の池には雄龍、西の池には雌龍が、それぞれに住み、観音様をお守りになっていると言われており、今から約600年前の応永10年5月に本堂が火災に遭った際に池から尊くもその2体の龍神様が、現れ、雄龍は燃え盛る炎を飲み込みながら空から舞い降り観音様を自らの体で幾重にも巻き付けまた、雌龍は何度も池の水を炎に吹きかけ観音様を火災からお守りになったという伝説が残っております。

 寺では、今も、600年間途絶えることなく毎月末には、観音様をお譲り頂いたお礼に両方の池へ御酒、卵、饌米をもってお勤めに行っております。
 そして、龍神伝説が残るこの寺の観音様は自らが災難から逃れてみえるということで、その災難除けの御利益と雄龍と雌龍ということから縁結びや子授けに御利益があると言われるようになり、いつしか、観音様と龍神様が、ご参拝頂く皆様をお譲り頂くと信じ語り継がれるようになりました。

伝統と文学の宝庫松尾山
 松尾観音の境内には句碑、歌碑をはじめ幾つかの由緒ある句碑やお地蔵さまがあり、風趣を求める参拝者の絶え間がありません。
 句碑では「我こころしつまれは寒し夕桜」の酒高(伊勢・河崎)と「夕暮を譲りあひけり花と水」の大主耕雨(伊勢・八日市場)が代表的なもので、近くにある宇治山田戦争の史跡・貝吹山を歌った「あだまもるむかしのあとをきて見れば貝は名ばかり吹くは山嵐」の金森得水の歌碑が眠っております。また本堂内には信者から奉納された絵馬や絵額の彩りが壁面を埋め、日本最古の厄除観音を裏付ける貴重な資料として郷土史研究家に注目されております。

 天保、嘉永、安政のころの奉納絵を中心に古く、新しく、広く各時代相にわたる風俗絵には、いずれも諸願成就の祈りと感謝がこめられ、古市遊廓の芸妓から奉献されたなまめかしい極彩絵には当寺の情緒がしのばれ、龍池山の名から、龍や蛇に因んだ奉納絵が多く見られ ます。

○『勢陽雑記』

松尾田 黒瀬村領の山に観音堂あり。久志本支配と云々。三重西国八十八ヵ所霊場伊勢巡礼三番目の札所也。竜池山松尾寺、十一面観音と云々。

歌に
松の尾や光あまねき二つ池 大慈大悲の誓とゞまる

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  • 本堂
  • 観音堂
  • 欄間
  • 絵馬

概要

  • 山号

    龍池山(りゅうちざん)

  • 寺号

    松尾観音寺(まつおかんのんじ)

  • 宗派

    単立寺院

ご案内

  • 住所

    三重県伊勢市楠部町156-6

  • 電話

    0596-22-2722

  • 御朱印場所

    当寺受付

  • 参拝時間

    8時〜17時

  • 公式サイト

    http://matsuokannon.jugem.jp/

見どころ

年中行事
 ・元旦より15日まで:新春初参り祈祷会
 ・3月初めの午の日:初午大祭
 ・8月9日夜:大連珠繰り法要
 ・春秋2回:お彼岸法要
 ・11月18日:お十夜念仏供養会
 ・毎月18日:ご縁日(観音様)
 ・毎月24日:月次祭(明神様)

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